自己紹介9

おはようございます

というか、まだ夜です。何故か今日は眠くなくて起きてるので、暇なのでブログを更新します。

今日は母と東京まで行って美術館でゴッホ展を観に行きました。

実家はすぐ近くなので、家の側のバス停から、2人で行きました。電車に乗っていると、母が、ぽん、ブログは更新してるの?と。母は自己紹介2あたりまでしか見てなかったようです。自分のスマホで検索すれば見れるよ。誰でも見れるよ。と教えて、母はすぐ検索してぼくのブログをスマホから、見れるようになりました。ぼくのブログを見て母は泣いていました。どこかで感動したみたいです。その隣でぼくは小説を読みながら感動して泣いていました。電車の中で2人泣いていました。なんか面白いですよね。なんか親子って似るんですよね。美術館に着いて母を先頭にしたら、母は早い。絵をチラっと観てすぐに次の絵に行く。周りの人達はジックリ観ていて、ぼく達だけ見事にチラっと観るだけ。誰一人として、チラっと観る人はいません。そこもぼくとそっくり。みんなが2時間くらいかけて観るところを30分で美術館を出ました。早い。そして、家の側まで帰って来たときも近所のおばちゃんと会って母はニコニコしていました。ぼくもニコニコしていました。何故か笑顔になって話していました。そこもそっくりで、あれ?お母さん、ぼくと同じ顔してる。と思いました。なるほど。子は親を見て親の真似をして、育つってこのことか、と。思いました。美術館楽しかったです。

さて、作業所と主治医との出会いがあり、ぼくは23歳で作業所に通うことになりました。メチャメチャ進歩しましたね。家から1人で出れなかった人が家から1人でバスに乗って作業所まで通うようになりました。そのころのぼくは外にでるのも勇気が入りました。周りが怖い。挙動不審で子供から、大人まで、みんな怖くてオドオドしながら、作業所に通いました。

初めは作業所に母と2人で見学に行ったとき、話は少しさかのぼりますが、作業所のドアをノックすると、1人の女性が出て、ぽんさんですね。お待ちしておりました。と。なんでぼくってわかったんだろう。と。その時の女性が今も作業所の所長をやっている。そのころは所長ではなく、普通のスタッフでしたが、ぼくが通い始めてすぐに所長になりました。ぼくはその後その所長に24年間お世話になるのです。47歳で仕事も16年続いていた関係もあり、作業所を47歳で卒業しました。しかし、今だに作業所にはたまに遊びに行きます。ぼくのお気に入りの場所です。当事者のメンバーさんも大分かわりましたが、みんなぼくと仲良くしてくれます。うちの作業所は掃除の作業とパン屋の作業をしています。なのでみんな綺麗好きです。掃除をする人は心も綺麗なんです。みんな良い人達です。ぼくも綺麗好きなので家もいつも綺麗です。子供の頃から綺麗好きで、今、1人で暮らしてますが母がうちに来ると、なんでこんなに綺麗なの?うちより綺麗じゃない。と驚きます。ぼくは兄弟の中でも1人だけ、子供の頃から綺麗好きでした。

そして、作業所に通うようになり、スタッフの方が老人施設の掃除の仕方を細かく教えてくれました。それが、作業療法というものでした。ぼくはまた1歩進みました。その他にも老人施設の喫茶店をうちの作業所で担当してやりました。それも作業療法です。そして月に一度、工賃がでます。ぼくは初めて自分でお金を稼ぐという貴重な体験をしました。若いメンバーさんがぼく1人だったので、ぼくはすぐに老人施設の喫茶店のマスターを任されました。メチャメチャ進歩ですよね。ぼくがみんなの中心になって喫茶店をやっているのです。初め、作業所に入った頃は口もきけず、1言も喋れなかったのに。緊張で2カ月くらいは1言も喋れなかったです。そして初めてスタッフに話しかけたときは、今だに作業所のスタッフは話しますが、あの時ぽんが話してくれてビックリだったし、凄くうれしかった。と昔話をよく今だにします。あんなに喋れなかった人が今では1番のおしゃべりになってる。と。思い出話をよくします。そして今、通っているメンバーさんにも、ぽんさんは昔はこんなんだったんだよ。とよく話しています。とくに所長はスタッフになって初めて担当したメンバーさんがぼくだったので、それはそれは、想いがあるみたいです。

作業所のマスターになってすぐに若いメンバーさんが1人、2人とだんだん増えてきました。ぼくはなんと、友達ができました。ぼくの人生、友達という友達が出来たこと無かったので、とてもうれしかったです。しかもぼくと趣味が同じ、釣りが趣味の友達が2人出来ました。その1人が今も仲が良いもう25年の付き合いになっている、たいぽん、です。そして作業所が休みの日は3人で海釣りに行きました。友達2人は車が運転出来てぼくはいつも乗せてもらって海釣りに行っていました。凄く楽しかったです。今考えると楽しむことが、病気には1番良い治療になっていたと思います。作業所でもみんなとお話したり、カードゲームをしたり、テレビをみんなで見たり、作業所はメンバーさん達の居場所でした。他にも日帰り旅行や、バーベキュー、スポーツ、1泊旅行もありました。とにかく作業所は楽しかったです。作業療法もしっかりやって、みんなで楽しむこともしっかりやって、ぼくの病状はどんどん良くなっていきます。外にでるのも簡単に出来るようになっていました。そして友達と遊ぶようになり、親と熱海市の別荘には行かなくなりました。それくらい、今が楽しくて幸せでした。親も喜んでいたと思います。障がい者になり、障がい者年金というものが、貰えます。それと作業所の工賃。そのお金で沢山楽しい遊びをしました。海釣り、ブラックバス、渓流釣り、川で釣り、湖で釣り。友達と3人で泊まりがけで釣りにも行きました。ぼくは学生時代に遊べなかった分を取り戻すかのように、遊びまくりました。所長に耳にタコができるくらい、少しは休みなさい。と言われ続けても、夢中で朝から晩まで遊びました。

さて、途中ですが。まだまだ書きたいことは、沢山あるのですが、そろそろ休みたいと思います。

明日は、たいぽん、と、電車を使って、刺し身食べ放題に遊びに行きます。明日も有給休暇を使っています。

と、今日、美術館に行った帰りに母が父にお土産を買って帰るというので美術館の近くのお土産屋さんに行きました。そしたら、ぼくも、たいぽん、と、ひでぽん達にお土産を買いたい。と思い、買いました。明日は、たいぽん、と会うので。明後日は、ひでぽん達と会うので。ては、また。

ありがとう。前進あるのみ

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